事業を運営している経営者の方は、常に会社の行く末のことを考え続けなければなりません。
会社は生き物だとよく言われますが、好調の時もあれば不調に陥ることもあるでしょう。
不調が長引くと会社が倒産の危機に陥ることになり、そうなると経営者自自も「自分はどうなってしまうのか」と不安になります。
本章では、万が一会社が倒産(破産)してしまった場合、経営者個人はどうなるのかについて詳しく解説していきます。
なお、特段の言及がある場合を除いて、本章で扱う法人は株式会社を想定して進めていきます。
Table of Contents
法人経営と個人事業による違い
最初に、法人経営と個人事業では、会社破産後の経営者の立場に大きな違いがでるので、この点を押さえておきます。
まず個人事業の形態で事業を行っていた場合、会社(事業)=経営者と同じ扱いになります。
事業に用いる各種財産や資金等は経営者個人のものですから、個人事業での破産はつまりは経営者個人が自己破産するということです。
従って自己破産後に生活再建を図っていくことになるでしょう。
会社と個人との切り離しがない個人事業の場合は以上のようにシンプルですが、法人形態で事業を行っていた場合は話が違ってきます。
法人と経営者個人は法律上別人格となりますから、会社が破産したとしても、経営者個人は原則として影響を受けません。
つまり会社が破産しても、必ずしも経営者が個人として破産する必要はなく、生活資金さえあれば全く影響なく暮らしていくことができます。
ただし現実には、事業を展開していくにあたり、経営者個人が法人の資金調達面などで連帯保証人になるなど、何らかの債務を負担していることがほとんどです。
例えば法人が融資を受ける際に経営者が一千万円の連帯保証人になっていたとすれば、法人が破産すると債権者は経営者個人に弁済を要求してくるでしょう。
これをポンと返せれば全く問題ありませんが、そのようなケースは多くありません。
法律上の人格としては切り離されているのですが、実質的には上記のように債務負担の完全な切り離しができていないことが多いので、法人が破産すると、その影響を受けて経営者個人もその後の身の振り方を考える必要が出てきます。
次の項からは、法人が破産した後の経営者の身の振り方について見ていきます。
債務が少なければ「任意整理」が可能
例えば、経営者が会社法人の連帯保証人になっていたものの、その債務の負担が大きくなく、何とかして弁済できそうであれば、各債権者と交渉を行って、生活を維持しながら少しずつ弁済を続けていくということも可能です。
このような方法を「任意整理」と呼びますが、裁判所の関与を受ける必要がなく、実情に即し柔軟な解決策を模索していくことができるのがメリットです。
任意整理による交渉では、弁済期限を延長して一度の返済金額を減らし、生活が破綻しないようにしたり、逆に一括弁済する代わりに債務総額を少し減額してほしいなど柔軟な交渉ができます。
将来の利息をカットしてもらうような交渉も可能ですから、うまくいけば生活を破綻させずに完済を目指すことが可能です。
任意整理は債権者が納得しなければ交渉をまとめることができませんが、もし交渉がうまくいかず、債務者側が自己破産するような事態になれば、債権者側も債権を回収できずにダメージを負うことになります。
そのため、自己破産されるよりはマシと考えて任意整理の交渉に積極的に応じる債権者もいます。
ただしあくまで任意ですから、交渉に応じない債権者もいることは覚えておいてください。
また任意整理は必要な支払いを遅らせるなど、本来の弁済義務を履行できないことになりますから、いわゆるブラックリストに入る対象になります。
一定期間は借金ができなくなるなどのデメリットもありますが、個人債務の負担が小さければ、柔軟に債務弁済ができる任意整理の検討が可能です。
債権者が任意整理に応じてくれなかったり、債務の額が大きすぎて任意整理では完済することができない場合、経営者個人も自己破産をすることで債務負担を逃れることができます。
しかし自己破産は負の影響も大きく、できれば避けたいところです。
そこで、自己破産の前に検討したいのが「個人再生」という債務整理法です。
裁判所の関与を受ける個人再生
個人再生とは、裁判所の関与を受けて、特別に債務額を大きく圧縮してもらったうえで、一定期間の間に少しずつ弁済を行っていくものです。
個人再生は非常に厳格な運用を求められる制度で、すべてのケースで利用できるわけではありません。
個人再生には「小規模個人再生」と「給与所得者再生」という二種類がありますが、ほとんどのケースで前者が利用されます。
給与所得者再生はその名前から、サラリーマンなどお給料をもらう勤め人が利用する原則形態と捉えられがちですが、こちらは小規模個人再生よりも債務負担額が大きくなるなど利用条件が不利になることから、可能であれば小規模個人再生を利用するのが普通です。
給与所得者であっても小規模個人再生は利用できるので問題ありません。
個人再生の要件
以下で個人再生の主な要件を見てみます。
- 住宅ローンを除く債務額が五千万円以下であること
- 再生計画を履行できるだけの安定した収入があること
- 過去7年以内に、給与所得者再生の認可、個人再生のハードシップ免責許可、破産による免責許可を受けていないこと(給与所得者再生のみ)
- 債権者の二分の一以上の反対がないこと(小規模個人再生のみ)
上記のハードシップ免責許可とは、個人再生計画に従って弁済を続けていく途中に、病気などで支払いが困難になった時に、一定条件を満たせば特別に以後の弁済を免除してもらうことができる制度です。
また最後の債権者の二分の一以上の反対がないことについては、複数の債権者がいるケースで各債務額がそれほど大きくない場合、実際には反対してくる債権者少ないので、問題にならないことが多いです。
反対するには手続き上の手間がかかり、仮に反対しても債権の回収額が大きく増えることはあまり期待できません。
また自分だけが反対しても、有効数の反対票が集まらなければ意味がないことから、手間と実益を比して、望まずながらも放置するというのが実情として多くなります。
ただし、債権者が一社だけであったり、手間に比して回収できる債権額が大きくなるメリットがあると踏めば、反対してくる債権者もいますから絶対ではないことに留意してください。
個人再生のメリット
ここでは、個人再生のメリット面を確認します。
債務額を大きく圧縮できる
個人再生には「最低弁済額」があり、債務の総額に応じて最低でも弁済しなければならない額が決まっています。
債務額が100万円未満の場合:全額(圧縮なし)
〃100万円以上500万円以下:100万円
〃500万円を超え1500万円以下:債務総額の五分の一
〃1500万円を超え3000万円以下:300万円
〃3000万円を超え5000万円以下:債務総額の十分の一
まず、最低でも上記の最低弁済額の返済が必要になります。
さらに、清算価値保証原則というものがあります。
本人が保有する財産の価額が、上記の最低弁済額よりも大きい場合、保有する財産の価額まで最低弁済額が引き上げられる原則です。
例えば債務額が300万円の場合、最低弁済額は100万円ということになりますが、貴金属や自動車などを所有していて、200万円相当の財産を有しているという場合は、個人再生による返済額は200万円に引き上げられることになります。
債権者は債権の回収が一部出来なくなるダメージを負うわけですから、債務者も自身が保有する財産の価額までは弁済の負担を負うべきだという、公平性を考えた仕組みです。
給与所得者再生による場合、最低弁済額と清算価値保証原則の他に「可処分所得基準」というものも加わり、その中で最も大きい額を弁済しなければなりません。
可処分所得とは、税金や社会保険料、最低限の生活費などを除いた、自由に使えるお金のことです。
「可処分所得基準」では、可処分所得の2年分以上の弁済が必要になるので、給与所得者再生の場合、この基準が採用される可能性が高く、必要な弁済額がかなり上がってしまうため、できるだけ小規模個人再生を利用する方が有利になります。
以上のように債務を圧縮できるとしても限界がありますが、相当の負担を減らすことができるのが大きなメリットです。
圧縮した債務は原則として3年のスパンで返済していく計画を立てますが、特別な事情がある場合は5年に延長することも可能です。
住宅ローン特則を利用できる
個人再生ではマイホームを守ることができる点も大きなメリットです。
自己破産をするとマイホームも含めて全ての財産を手放さなくてはなりませんが、個人再生では特則を利用することで自宅を手放さずに、そのまま住み続けることができます。
ただし、住宅ローンそのものは上述した債務の圧縮対象にはならない点に留意します。
他の債務は大幅に圧縮できますが、住宅ローン自体は減額されないので混同のないようにしましょう。
それでも、本来であれば抵当権が実行されて自宅を失うところを、住宅ローン特則を使えば自宅を守ることができます。
また、住宅ローンの額は減額されないものの、どうしても返済が苦しければ、ローンの返済期間を最大10年延長することも可能です。
個人再生デメリット
それでは、逆に個人再生のデメリットを見てみます。
任意の債務を選べない
任意整理では交渉対象にする債務を自由に選択できますが、個人再生ではそのような任意性がなく、全ての債務が対象になります。
手続きが非常に煩雑
個人再生計画を立てて裁判官に説明し、十分な納得を得られないと個人再生の利用は叶いません。
そのための資料の準備などに相当な手間と時間を取られるため、素人が自分で手続きをするのはほぼ不可能と言って良いでしょう。
ほとんどのケースでは弁護士に手続きを依頼することになります。
官報に掲載される
個人再生を利用した場合、名前や住所が官報に掲載されます。
官報は普通の人は読まないので身近な人に知られる可能性は低いですが、闇金業者などはよくチェックしてダイレクトメールなどで接触してくることがありますから、この手の勧誘に乗らないように注意してください。
ブラックリストに載る
債務の圧縮対象になったものについては、各金融機関が利用する信用情報機関に登録されるので、しばらくは借り入れができなくなるなどの影響が出ます。
返済不能であれば自己破産へ
どう頑張っても債務の弁済が不可能であるという場合は、最後の手段として経営者個人も自己破産をするしかなくなります。
自己破産をすれば、会社関連の連帯保証債務など一般的な債務、負債をすべて帳消しにすることができます。
会社とは関係なく個人的な借金をしていた場合、こちらの債務からも解放されます。
ただし税金や社会保険料については少し注意が必要です。
経営者個人にかかる税金や社会保険料、例えば所得税や国民健康保険料などの滞納分は自己破産によっても逃れることができないので注意してください。
会社法人にかかる税金や社会保険料については、基本的に経営者個人の責任とは切り離されるので、法人の破産後は責任を追及されることはありません。
ただし、合名会社や合資会社の無限責任社員となっていた場合は、法人の破産後も法人にかかる税金等について責任を追及されます。
また別章で詳しく解説していますが、自己破産が認められない事由(免責不許可事由)がある場合は自己破産をしたくても、裁判所が認めてくれないこともあるので注意が必要です。
自己破産をしても手元に残せる財産がある
自己破産はすべての財産を取り上げられてしまう、とても恐ろしいものだと思っている人が多いですが、本当に丸裸にされたのでは生活再建という制度の目的が果たせなくなります。
一定の財産は手元に残すことができるので、その点は安心してください。
まず、99万円以下の現金は差し押さえが禁止されるので、手元に残しておくことができます。
預金ではなく現金であることに留意し、あらかじめ預金を引き出しておくことをお勧めします。
また、衣食住に欠かせないもの、例えば衣服や寝具類、家具、一定の食糧なども差し押さえが禁止されています。
そして、破産開始決定後に本人が取得した財産については自由利用が可能で、取り上げられることはありません。
また破産管財人が権利を放棄した財産は破産財団に含まれないので、手元に残しておけます。
換価処分できるほどの財産的価値がないものは、破産管財人が権利を放棄することがあります。
ケースによっては上に挙げた財産の範囲を超えて、手続きを取ったうえで手元に残す財産の枠を増やせることもあります。
裁判所によって基準が異なるため、詳しくは自己破産手続きを行う裁判所をテリトリーにする弁護士に確認してください。
自己破産したら経営者を続けられない?
法人の経営者の場合、自己破産をすると現状で就任している法人との委任契約が終了しますが、自分で経営していた法人がすでに破産しているわけですから、こちらは特に問題にならないでしょう。
そして、自己破産をしたことは法人取締役の欠格事由に該当しないことから、いくらでも再起は可能です。
他社の取締役に就任することもできますし、自分で会社を立ち上げて再度取締役や代表取締役に就任することができます。
ただし事実上の問題として、自己破産をすると信用情報機関のブラックリストに載ってしまうことから、一定期間金融機関からの融資を受けられないため、再起の妨げになることが予想されます。
金融機関からの融資に依存しない形であれば、経営者としての再起は十分に可能です。
また、経営者の再挑戦を支援する制度として、公的な仕組みを利用した資金調達を考えることもできます。
次の項で見てみましょう。
再挑戦の支援制度
廃業を経験した経営者の再挑戦を支援する制度に、日本政策金融公庫の「再挑戦支援資金」(再チャレンジ支援融資)があります。
日本政策金融公庫は公的融資の性質があるため、利用条件などが厳しく柔軟性がない点で利用勝手はよくありませんが、条件を満たすことができれば事業に再挑戦する際の資金確保に利用できます。
再チャレンジ支援融資について詳しくはこちらで確認できます。
https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/04.html
また信用保証協会が行う事業の一つで、「再挑戦支援保証」の制度を利用することもできます。
各地の信用保証協会で取り扱っているので、詳細は各地の協会に問い合わせが必要ですが、アナウンスがあるところとして和歌山県の信用保証協会のアナウンスを参考までに載せておきます。
https://www.cgc-wakayama.jp/system-list/special/re-challenge-guarantee
まとめ
本章では会社が破産した後に経営者がどうなるのかについて見てきました。
個人事業の場合は自分自身が会社と同一になりますが、法人経営(株式会社)の場合は会社と個人が切り離されるので、原則として経営者個人への影響は出ないことになります。
しかし実際には、会社の債務の保証人になるなどして、経営者個人にも影響が及ぶことが多いでしょう。
経営者個人にかかる負担が軽ければ任意整理で柔軟に返済計画を立てていくことも可能ですが、負担が重い場合は裁判所の関与を受けて個人再生を利用することも可能です。
どう頑張っても弁済ができない状態であれば、経営者個人も自己破産を考えることになります。
自己破産後も経営者としての再起は可能ですから、公的支援なども活用してチャレンジしてみてください。