企業が金融機関から融資を受ける場合、経営者保証を行うのが日本では一般的です。
経営者保証とは個人保証の一種であり、融資を受ける際に経営者や代表者は、金融機関から保証人になることを求められます。
経営者保証には融資を受けやすくなるというメリットがありますが、もし会社が負債を返済できなくなってしまった場合には、保証を行った経営者や代表者が個人的に責任を負わなくてはいけなくなるため、リスクも非常に高いです。
また、そのリスクを危惧し、融資を受けることを断念してしまえば、結果的に中小企業や小規模事業者の活力を奪うこととなってしまいます。
日本の企業の99%は中小企業や小規模事業主といわれており、中小企業や小規模事業主の成長なくしては、日本経済は発展していきません。
そして、そのような状況を鑑みて、中小企業庁と金融庁が設定したのが『経営者保証に関するガイドライン(経営者保証ガイドライン)』です。
経営者保証に関するガイドラインを活用すれば、経営者保証による弊害を除去することが可能となり、個人としてのリスクを低減しつつ融資を受けることができます。
さらには、その他にも「債務整理の際に資産を多く残せる」「無料の専門家派遣制度」などというような、中小企業の経営者にとって大変魅力的な様々なメリットがあるのです。
この記事では、そんな経営者保証に関するガイドラインの特徴やシステムを弁護士が徹底解説していきます。
Table of Contents
経営者保証に関するガイドラインとは?
『経営者保証に関するガイドライン』は、平成25年12月に中小企業庁と金融庁の関与のもとで、日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会が策定しました。
前述の通り、中小企業は会社の金融債務について経営者が個人保証を行っているのが一般的であり、そのため、会社の事業再生や廃業をする場合は、保証債務を負っている経営者個人も自己破産等をしなければなりません。
経営者保証とは融資を受けやすくなる反面、とても大きなリスクを伴うものであり、経営者による早期の決断を妨げる要因となっていました。
しかし、経営者保証に関するガイドラインが策定されたことにより、経営者は経営保証による弊害を除去することが可能となったため、融資を受ける決断を行いやすくなり、結果的に新規事業の立ち上げや事業展開に踏み切りやすくなりました。
また、会社が事業再生や清算の手続きを取る際にも、経営者保証に関するガイドラインは活きてきます。
たとえば、事業再生や廃業を決断した場合に、通常よりも多くの財産を残すことが可能となり、保証債務履行が発生した際に債務が返済しきれない場合には、原則としてその債務は免除されることとなります。
これらのメリットは、中小企業の早期の事業再生や清算を大きく促進する効果に期待できるのです。
経営者保証ガイドラインに法的拘束力はない
経営者保証に関するガイドラインは、あくまで経営者保証に関する中小企業、経営者及び金融機関による対応についての自主的かつ自律的な準則となります。
よって、法律や行政の制度とは異なり、法的拘束力を伴うものではありません。
ですが、経営者保証に関するガイドラインは金融機関や中小企業、経営者が自主的に遵守・尊重することが期待されており、さらには中小企業庁や金融庁、専門家がバックアップしているため、法的拘束力がなくとも事業者は安心して活用することができます。
ただし、経営者保証に関するガイドラインの適用を受けることができる事業者は、要件を満たしている中小企業に限られるため、誰でも利用できるわけではありません。
経営者保証に関するガイドラインの対象と適用要件とは?
経営者保証に関するガイドラインを活用できるのは、要件を満たしている中小企業や小規模事業者に限られます。
また、その適用要件も、「新規融資・保証契約」と「債務整理」のどちらを行うかで異なってくるため注意が必要です。
それぞれの対象と適用要件は以下の通りとなっています。
経営者保証に関するガイドラインの対象と適用要件
新規融資・保証契約の見直しの対象と適用要件
新規融資・保証契約の見直しの対象と適用要件は、以下の4つとなっています。
- 保証契約の主たる債務者が中小企業(小規模事業者)である
- 保証人が個人であり、尚且つ、主債務者である中小企業の経営者などである(または、実質的な経営権を有している者・営業許可名義人・経営者とともに事業に従事する経営者の配偶者である)
- 対象債権者の請求に誠実に応じて、負債の状況がわかる財産状況などを適切に開示している
- 主債務者と保証人が反社会的勢力ではない、またはそのおそれがない
経営者保証に関するガイドラインは、上記4つの要件を全て満たしていなければ適用されません。
また、①にある「中小企業」の定義は、以下のように業種によって異なってきます。
中小企業の定義
業種 | 定義 |
棚卸業 | 資本金の額、あるいは出資の総額が1億円以下である。
または、常時使用している従業員の数が100名以下の会社および個人である。 |
サービス業 | 資本金の額、あるいは出資の総額が5千万円以下である。
または、常時使用している従業員の数が100名以下の会社および個人である。 |
小売業 | 資本金の額、あるいは出資の総額が5千万円以下である。
または、常時使用している従業員の数が50名以下の会社および個人である。 |
製造業その他 | 資本金の額、あるいは出資の総額が3億円以下の会社である。
または、常時使用している従業員の数が300名以下の会社および個人である。 |
小規模事業者の定義は以下の通りです。
小規模事業者の定義
業種 | 定義 |
製造業など | 従業員20名以下 |
商業やサービス業 | 従業員5名以下 |
例外としまして、大企業の子会社のような中小企業である場合、「みなし大企業」とされ、中小企業の定義から外れてしまう可能性があるため注意が必要です。
また、新規融資・保証契約のために経営者保証ガイドラインを活用する場合、以下のようなポイントが重要となってきます。
法人と経営者との関係の明確な区分・分離
法人と経営者の明確な区分・分離とは、たとえば資産の分離と経営・家計の分離がしっかりできているかどうかなどです。
普段から、会社と経営者の間の資金のやりとり(役員報酬や配当など)が、社会通念上適切な範囲を超えないような体制を構築しているなら問題はありません。
また、できるならば外部専門家による検証を実施し、その結果を対象債権者に適切に開示することが望ましいです。
財務基盤の強化
経営者保証に関するガイドラインは融資を受けやすくしてくれますが、それでも、どのような企業にでも融資が下りるわけではありません。
当然ですが、金融機関からは一定以上の返済能力を求められるため、普段から財務基盤の強化に努めている必要はあります。
財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による透明性確保
情報開示等による透明性確保とは、金融機関などからの情報開示要請があった場合に自社の資産・負債の状況や事業計画、業績の見通しなどの情報を正確に開示できるかどうかです。
自分の会社の財務状況を常時しっかりと把握しているか、またそれをいつでも開示できるかどうかという点で透明性の有無が問われます。
債務整理の対象と適用要件
債務整理の対象と適用要件は以下の通りです。
- 主債務者が、法的債務整理手続(破産手続・民事再生手続・会社更生手続・特別清算手続)の開始申立てか、もしくは、利害関係のない中立かつ公正な第三者が関与する準則型私的整理手続(中小企業再生支援協議会による再生支援スキーム・事業再生ADR・私的整理ガイドライン・特定調停など)の申立てを経営者保証に関するガイドラインの利用と同時に行っており、手続きが継続している、もしくは既に終結している
- 主債務者の資産・債務および保証人の資産・保証債務の状況を総合的に考慮し、債務や保証債務の破産手続き行った際に得られる配当よりも多く回収することが見込まれるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できる
- 保証人に破産法第252条第1項(第10号を除く)に規定される免責不許可事由が生じておらず、またそれが発生するおそれがない
- 弁済計画について対象債権者全員の同意がある
経営者保証に関するガイドラインは、裁判外における私的整理において利用されるものであるため、基本的には上記の要件に加えて、対象債権者全員から策定した弁済計画についての同意を得なくてはいけません。
また、債権者にとって一定の経済合理性があるうえに、保証人が早期に経営再建や清算を行っている場合は、従来の自由財産に加えた資産などを手元に残すことができ、さらに経営者は引き続き会社の経営に関わることも可能となります。
経営者保証に関するガイドラインのメリット
経営者保証に関するガイドラインには、以下のようなメリットがあります。
経営者保証に関するガイドラインのメリット
法人と個人が明確に分離されている場合などに、経営者の個人保証を求められない
前述の通り、経営保証に関するガイドラインが適用された場合には、金融機関から経営者の個人保証を求められることがありません。
よって、万が一返済が困難となった場合の代表者や経営者に対するリスクが軽減されるため、融資を受けやすくなります。
代表者や経営者等の個人財産のうち、一定の財産を残したまま保証債務を整理することができる
通常、破産手続きを取った場合換価対象にならない財産が定められており、この財産に該当する場合には自由財産として手元に残すことが認められています。(99万円までの現金、生活に欠くことができない家財道具、法律上差し押さえることができない財産など。)
そして、経営者保証に関するガイドラインを利用した保証債務の整理が成功した場合、これに加えて一定期間(90日~330日)の生計費に相当する預貯金(100万円~360万円)や、華美でない自宅不動産を保有することが認められることとなります。
保証債務履行が発生した際に返済しきれない債務残額は原則として免除される
仮に経営者保証がある状態で融資を受けており、その後会社の経営が滞り返済することが困難となった場合でも、経営者保証に関するガイドラインの各要件を満たしていれば、返済が免除されます。
経営者保証に関するガイドラインの申し込み方法
経営者保証に関するガイドラインの申し込みは、以下の機関にて受け付けています。
経営者保証に関するガイドラインの申し込みを受け付けている機関
- 商工会
- 商工会議所
- 中小機構地域本部
経営者保証に関するガイドラインの申し込みは、上記の機関にある専用の窓口から行いましょう。
経営者保証に関するガイドラインを利用するための手続き
前述の通り、経営者保証に関するガイドラインは、法律や行政の制度とは異なる法的拘束力のないものです。
よって、経営者保証に関するガイドラインは、基本的に判外における私的整理において利用されるものであるため、法的債務整理手続(破産手続・民事再生手続・会社更生手続・特別清算手続)か、準則型私的整理手続(中小企業再生支援協議会による再生支援スキーム・事業再生ADR・私的整理ガイドライン・特定調停など)の手続開始申立て等と同時か、または、それ以降に経営者保証ガイドラインを利用した私的整理を行うこととなります。
また、あくまで私的整理ですので、裁判外での交渉や協議によって利用することも理屈の上では不可能ではありません。
しかし、実際にはそれで対象債権者が納得することはほとんどないため、現実問題として、純然たる交渉や協議のみによって経営者保証ガイドラインを利用した私的整理を行うのは困難と考えます。
通常は、準則型私的整理手続において経営者保証ガイドラインを利用するケースがほとんどです。
よって、経営者保証に関するガイドラインを活用するためには、中小企業再生支援協議会による再生支援スキームか、または裁判所の特定調停を利用するのが一般的となります。
経営者保証に関するガイドラインの専門家派遣制度
経営者保証に関するガイドラインを利用する場合、「専門家派遣制度」を活用することもできるようになります。
専門家派遣制度とは、弁護士や公認会計士、税理士などといった経営や法律のプロフェッショナルの派遣を受けることができる制度であり、経営計画や経営再建の見直しなどをはじめとする、会社が抱える経営課題に関するアドバイスやサポートをしてもらうことが可能となります。
また通常ならば、弁護士や公認会計士、税理士などへ依頼する場合は、その都度報酬が発生することとなります。
しかし、専門家派遣制度を活用すれば年3回までは無料で派遣を受けることができるため、かなりお得です。
さらに専門家派遣制度は、新規融資・保証契約の見直しを行う場合や、債務整理の場合でも使用することができます。
主に以下のようなサポートを行ってくれるため、アドバイス等が必要に感じる場合は利用することを検討してみましょう。
新規融資・保証契約の見直し時の主なサポート
- 経営者保証ガイドラインの内容に即した経営状況を実現、または継続できる体制を構築するためのアドバイスや支援
- 自社が経営者保証ガイドラインに記載された経営状況の水準にあるかどうかの検証
- 経営状況についての、経営者保証ガイドラインへの適応状況の検証結果のまとめ
債務整理時の主なサポート
- 弁済計画案の作成支援
- 保証人の資産調査
- 保証人が行った資産の表明保証の適正性に関する確認書の作成と報告
まとめ
経営者保証に関するガイドラインは、中小企業や小規模事業者にとって大変有利に働く制度です。
個人として、とても大きなリスクを伴う経営者保証を嫌い、新たな事業を立ち上げたり、事業展開を躊躇してしまっている方は少なくありません。
しかし、経営者保証に関するガイドラインを活用すれば、個人としてのリスクを排除できるため、新たに融資を受けるための第一歩を踏み出しやすくなります。
債務整理に関しましても、経営者保証ガイドラインに基づく保証債務整理を利用することにより、経営者による早期の決断を促し、より早い再起を目指すことも可能となるのです。
ただし、経営者保証に関するガイドラインは、その企業が各要件を全て満たしている必要があります。
また、実際に自社がその要件を満たしているかの判断は難しく、ガイドラインに記載された経営状況の水準に達しているか、経営状況の改善や体制の構築などの問題はどのように解決すべきかといった問題に関してましては、専門家である弁護士へアドバイスを求めるのがベストです。
経営者保証に関するガイドラインへの申し込みは無料で行うことが可能であり、専門家派遣も3回までは無料で利用できます。
経営状況に不安がある方は、この機会に申し込みか、もしくはまず弁護士へ相談してみることを検討してみてはいかがでしょうか?